1949年

長谷川町子先生は、4月2日に『新夕刊(現・東京スポーツ)』誌上での連載が終了した『サザエさん』に続く作品として、早くも8日後の4月10日から『週間朝日』誌上で『似たもの一家』という作品の連載をスタートさせた。

この知られざる名作は同年12月15日まで連載されたが、同月12月1日に『朝日新聞・夕刊』で『サザエさん』の連載が再スタートになり、国内トップの新聞紙での掲載になったことからサザエはん一本に絞って専念するためにこの作品は連載が終わった。

その『似たもの一家』だが、実際読んでみるとこれはこれで結構面白かった。文化遺産としても貴重な作品と言えるから敢えて記事にしてこのオレが現代に蘇らせてやる。

 

『似たもの一家』のいささか(伊佐坂)家

 

『似たもの一家』に登場していた伊佐坂家だが、現在のアニメ版の伊佐坂家とだいぶ違う。

家族構成は

  • 伊佐坂先生
  • 伊佐坂軽(妻)
  • 伊佐坂甚六(長男)
  • 浮江(長女)
  • 室内飼いのテリア(名前はまだない)
  • 女中(お手伝いさん)

という構成。

終戦からまだ4年程度の時期にそこそこ立派な邸宅と女中に洋種(テリア)の飼い犬までいて、さらに自宅に電話機(黒電話の前の時代の壁掛け式電話機)まであり、かなりの上流家庭であるように描かれている。

後年の伊佐坂家も磯野家よりは裕福な描写(平屋ではなく2階建て・マイカー)はあるが、この作中の伊佐坂家は終戦からまだ4年という当時としては「富豪」に近い水準の家庭だったのではないだろうか?

ちなみにテレビはまだ1953年の誕生より前の時代だから、まだ当然描かれてもいないが、この家庭ならすぐにテレビを買って力道山の試合を見に近所中が集まったことだろう。

 

いささか(伊佐坂)先生の名前

 

いささか先生の名前は「伊佐坂 難物」というもの。

「難物」などという名前をつける親もどうかと思うが、これはペンネームではなく本名。

作中の年齢は52歳だが、後年のアニメ版の60歳という設定の風貌とほぼ同じで、当時はまだ平均寿命が40代だった時代であり、52歳となるともうそれくらい老けてしまっていたと想像される。

平均寿命が伸びるほど若い時代も長くなり、今ではもう30歳でも「おじさん」「おばさん」扱いはされなくなって久しいどころか、40歳ですらまだ若いと扱われる風潮まで出始めているが、25歳過ぎれば問答無用でおじさん・おばさん扱いされていた昭和時代とは隔世の感がある。

難物本人は学生時代に歌舞伎の女形を目指していたが、断念して作家に転身。妻になる軽と知り合い激しく愛し合ったお2人さんは学生結婚したという設定。

作家としての世間の評価は「あまり売れない二流作家」という程度のものだが、稼ぎは悪くもないようなのは上述済。

偏屈で堅物、短気な性格などが見られ、後年のアニメ版の温厚極まりない性格とはかなり違う。

話の中心になることが多く、大抵は失敗をして笑いを引き出す役回り。

 

伊佐坂 軽(いささか先生の妻)について

 

作中に多く登場し、後年のアニメ版とも大差ない人格だが、後年のアニメ版同様に話の中心になることはほとんどなく、完全なる脇役。

 

伊佐坂 じん六(いささか家の長男)について

 

伊佐坂家の長男で年齢や登校するシーンは描かれていないがおそらく高校生。だがそこそこ大人びている描写も多く1年生ではなく3年生と思われ、寧ろ雰囲気的には大学生に近い。

後年のアニメ版と違い頭は坊主頭で、割と上流家庭に住んでいるはずなのに普段着も学生服で、そのズボンの尻の部分はほぼ全面に当て布がされている粗末なもので、当時の学生の多くはそういうものをはいていたことが窺い知れるが、上流家庭の伊佐坂でそのようなものを着用しているのは違和感を感じる。

父・難物同様に話の中心かつオチになることが多いキャラで、後年のアニメ版と違いドジで好奇心旺盛。

後年の「甚六」という漢字の名称はこのころはまだなかった。

 

伊佐坂 浮え(いささか家の長女)について

 

後年のアニメ版とかなりキャラクターが違い、名前も「浮江」という漢字氏名はなく、ひらがなの「え」を使用したもの。

じん六同様年齢も登校シーンも描かれていないがおそらく中学生の設定。ただ、中学生といってもそこまで幼さもないから3年だろう。

後年のアニメ版では町中評判の美人でヒロイン状態の彼女だが、この作品内では母の軽以上に脇役感が強く、話の中心になることもない。

そもそも美人にも描かれてなく、サザエさんを中学生にしたような感じというか、ワカメを中学生まで成長させておさげ髪にしたような感じのルックスで、アニメ版のように兄のことを「アニキ」と呼んだりもせず「お兄さん」とか、友達の前ではええカッコしぃなのか「お兄さま」と呼んだりもしている。

兄のじん六が尻一面に当て布をしている粗末なズボンを常時はいているのに対し、この浮えはセーラー服以外にもしっかりオシャレな普段着を着ている姿が描かれ、女の子だけあって両親もそこはしっかり配慮しているようだ。

 

伊佐坂家の飼い犬について

 

後年のアニメ版に登場する「ハチ」のようなテリアが飼われている。

名前はまだない。

繰り返すがこの作品が描かれたのは1949年で終戦からまだ4年後という貧しい時代だ。

その時代に柴犬でも雑種でもない洋種の犬を飼っているあたりに伊佐坂家の豊かさが垣間見える。

今では犬の外飼いは時代遅れかつ犬に対しても近所(通行人や配達人)に対しても無神経すぎると問題になっているが、当時は犬は外飼いが普通だった時代なのに室内飼いである。

後年のアニメ版でも「ハチ」が犬小屋で外飼いなのに、作中では普通に室内犬として飼われていて、食事の時はテーブルの椅子の上に乗っていて家族と一緒に食べているようだ。

ちなみに食卓も磯野家みたいにちゃぶ台ではなく、テーブルとイスであり、当時はこれだって珍しかったのではないだろうか?

 

伊佐坂家の女中(お手伝いさん)について

 

そしてこの家庭には女中までいる。

妻の軽は専業主婦で子どもは2人だけ。今の時代なら2人産めば十分と思われるが、当時は「産めよ増やせよ」の時代であり子供が5人以上いる家庭もザラであり、夫の家事負担などという概念もなく、たった1人の母親で家事も育児も全てやりくりしていた時代だ。

伊佐坂家の家族構成(しかも子どもはもう大きく手がかからない上に、浮えは食事や裁縫など母の手伝いのようなこともしている)や、軽も決して家事を何もしない「セレブ妻」タイプではなく普通に家庭的な女性であることなどを考えると、その上でお手伝いさんを雇えるあたりはかなり経済力があると見れる。

もちろん、作家ということから来客が多いという事情もあるだろうし、実際来客が良く描かれているが、来客応対も後年のアニメ版のように軽で十分対応できると思われることから、やはり経済的にかなり余裕があるんだろう。

風貌はフネを少し太らせたような感じで、かっぽう着を着ているところや髪形などほぼ同じで、後年のフネと軽が女学生時代の同級生という設定が生まれたのはこの女中から発案したものかもしれない。

 

いささか先生の年の離れた弟(?)であるのん助について

 

『サザエさん』に登場するノリスケにややヒゲを濃くしたような風貌の難物の弟で、じん六や浮えにとっては叔父にあたり、なぜか軽は義理の弟とは言え呼び捨てで呼んでいる。

「のん助」なんて名前をつける親もどうかと思うが、兄も「難物」だしブラックユーモアのお好きな両親ということなんだろう。

兄のように作家になりたいらしい作家志望の青年らしく独身で、お見合いネタが再三描かれているが、兄が52歳であることを考えると「作家志望」とか「お見合い」とか当時の20代前半のような設定で親子ほど歳が離れた兄弟のようで、年齢的にも『サザエさん』のノリスケと同年代っぽい描写。

兄の難物より寧ろじん六の方が年齢が近く、同年代のように付き合っていて、動物園の子どもたちを見て「僕らもあんな時代があったなぁ」などと語り合ったりしているほど。

兄の著作は「面白くない」と思っているようで、難物の評価が「二流」であることを示してもいる。

性格的にもノリスケのような厚かましく図々しい雰囲気が出ていて、かなりノリスケ感が強いキャラ。後年、伊佐坂家ノリスケが担当編集として出入りする設定になったのもこのキャラからの発案ではないだろうか?

 

伊佐坂家のお隣さん「トンダ家」とヒロポンについて

 

伊佐坂家の隣に引っ越してきたサザエさんのような風貌の「未亡人」設定の母と、ワカメ・タラちゃんみたいな風貌の子ども(ミヤコ・カンイチ)の母子家庭で、おそらく夫は戦争で・・・当時はこのような未亡人が多くいたはずであり、この作品の文化遺産としての悲しい側面もある。

しかし、その母親はサザエさん同様かなりカラッとした竹を割ったような明るい性格で、悲壮感は全くない。

よくメディアに取り上げられる「ヒロポン」を取り扱ったストーリーはこの作品のこの家庭が絡んだもので、風貌がワカメとタラちゃんとほぼ同じ事からあれは『サザエさん』作品内のストーリーと間違えて紹介している大手メディアも多いが、実際はこの『似たもの一家』でのストーリー。

ヒロポンは覚せい剤だが、当時は合法であり集中力や意識(モチベーション)高揚のために薬局でも普通に販売されていた。

しかし、幻覚や被害妄想・そして依存症など様々な副作用が判明して現在では使用は禁じられているが、1949年当時はまだ普通に薬局で購入出来たもので、クリエイティブな仕事に従事する難物にとっては欠かせないものだったのだろう。

それを、伊佐坂家に預けられたミヤコとカンイチが飲んでしまい「ハイ」になってしまったというオチで、いろんな意味で現在では問題作となっているもの。しかし、当時の世情を知る貴重な文化遺産と言えるストーリーでもある。

トランス状態になったミヤコが歌っているのが、このエピソードから1年~1年半ほど前に出た笠置シヅ子の「東京ブギウギ」というのもどこまでも文化遺産(笑)

ちなみに、この2021年現在の日本でも大麻成分でありリラックス効果・安眠効果や鎮痛効果があるとされているカンナビジオール(CBD)は普通に購入できる。しかし、音楽業界が衰退した現在ではハイになっても歌うほどの大ヒット曲がパッと浮かばない。